山梨日日新聞社の著作物です。掲載は1999年09月15日水曜
見出し
アレッツォ合唱祭に参加して 藤井宏樹 天界から降りそそぐ音 評価を受けた日本の作品
本文
イタリアのやや中央より北側、フィレンツェの南東八十キロメートルほど、あの中田選手の
いるペルージャからは北西七十キロメートルあたりの所に城壁に囲まれた古都アレッツォは
ある。
八月の終わり、この中世からさほど変わらぬたたずまいを見せる美しい町を、私は女声
アンサンブルJuriととにも訪れた。
日本は八月、九月となると全国各地で合唱コンクールが行われ、それは長ければ十一月まで
続き、ある種の合唱の流れを生む。日本にクラシック音楽が入り込んで百年ほどたったが、
合唱はその輸入の過程で少しつまずき、合唱の黄金期と呼ばれるルネサンス時代の音楽から
今に至るまでの脈々とした流れを学ぶ機会は極めて少なかった。
Juriとともに訪れたアレッツォでも毎年国際合唱コンクールが開催されている。スペイン
のトロサ、フランスのトゥールなどと並んでヨーロッパ六大コンクールの一つとされている。私たち
はこのコンクールに参加するために出かけたのだ。
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旧市街と呼ばれる城壁の中は、コンクールの会場ともなった十二世紀のロマネスク様式サンタ・
マリア・ディピエーヴェ教会を中心に石の響きが広がり私たちを包む。ここで耳にする音が私たち
の日常とどれほどの違いがあるのかは、この場に身を置くことでしか理解できないのかもしれない。
いわゆるヨーロッパの教会の響きは、極めて長い。大きさにもよるがおそらく五秒以上はあるだろう。
日本のコンサートホールでニ・五秒ほどなのだから、それはとてつもなく長い響きを生むことに
なる。神に届くようにと天高く延ばされていった教会のガランは、音そのものにも天へと
向かう長さと力を与えたのだった。
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そして、そこにおいて祈られた言葉、奏でられた音楽は高みへと昇りつめ、あたかも天界から
光のように、聴く者、歌うものに降りそそぐ。おそらくこの音空間の中にこそ、クラシック音楽
の源となった中世ルネサンス音楽の神髄があるのだろうと思わざる得ない。私たちは、この時の
紡ぎに抱かれながらコンクールの本番を終えたのだった。
異文化であるわたくしたち日本人の歌った歌を、聴衆、審査員共に高い評価をして下さったが、
このことよりむしろ、降りそそでくる音楽の中で演奏を体験できた喜びが何よりもかえがたく、
私たちの心を満たし、おそらく生涯を通じて自らの音楽の支えとなることを確信させた。
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そして、もう一つ私にとって重要なことがあった。それは日本の合唱作品が非常に高く評価
されたことだった。
おおまかにいえば西洋の音楽は、和声(ハーモニー)により形作られていると言っていいが、
東アジア(日本も含む)の音楽は、音の線的ずれを重ね合わせながら、音楽の表情、意味を表出
させていく独特な世界をもっている。私たちの演奏した作品はまさにこのヘテロフォニーと
呼ばれる音楽と西洋のハーモニクスを融合させた、新実徳英氏作曲による名作の一つなのだが、
これが教会の音空間の中で壮大な音のモニュメントとなり、人々に強い印象を与えた。世界に
名高いボーカルグループ「ヒリヤードアンサンブル」の一人デービット・ジェームスは、
「ぜひ、新実の作品を演奏したい」と思いを語って下さった。
先に、日本クラシック音楽が歩み始めて百年と書いたが、こういった西洋とのかかわり合いを
続けながら、新たな試みを生み出し、合唱音楽という世界が日本の音楽芸術の中で大きな意味を
持つことを心から祈りたい。